プロフィール

はじめまして。

合同会社タノシオトナワークス代表 
京都フェルデンクライス ろじのあかり主宰

中野 朱里(なかの あかり)です。

はじめましての方も、
またわたしのことを既にご存知の方にも、

『フェルデンクライスに
もっと興味を持ってもらえる様に!』

プロフィールを更新いたしました。


”がんばらない”を楽しめるわたしへ

と題して、
何事も”がんばりすぎてしまう”のが悩みだったわたしが、
フェルデンクライスに出会い、
どんな風にそれを手放し、
人生をより楽しめる様になっていったか
をストーリー仕立てにしました。


どうぞお楽しみいただけたら嬉しいです^^

それでは、スタートーーーー!!!!
少し長いですが、飽きずに最後まで付いてきてね〜笑






カンタンプロフィール年表



1983年 愛知県出身

2005年 南山大学 総合政策学部卒業

2005年〜2015年 正社員 兼 ダンス講師として活動。

2008年 ダンスのケガにより、「フェルデンクライス」 と出会う。
資格取得を志す。

2013   フェルデンクライスプラクティショナー国際ライセンス取得

2015  愛知から京都に移住。
「京都フェルデンクライス ろじのあかり」を設立。

2017年 発達障がいを持つこども達へのワークを開始。
愛知・京都・東京にて定期的にWS開催に携わる。

201810月 第一子誕生。
一児の母としてもこどもの運動発達へ更にアプローチ。

20203月 主人と共に、「合同会社 タノシオトナワークス」を設立。

"フェルデンクライスを通して、楽しく生きる大人でありたい。
またこども達にもそんな姿を見て人生を楽しんでもらいたい。
常にワクワクすることを仕事に、周りにも「楽しい」を伝染させたい”

そんな想いで会社を設立。

日々学び続けながら、より多くの人のお役に立てる様に、
楽しみながら活動中です。


(2015年ブログ開設時に書いたプロフィールはこちら。面白い趣味なども書いてるので、興味のある方はこっそりご覧ください。→ブログはじめました





"がんばらない”を楽しめるわたしへ





【目次】

1.自然と遊ぶこども時代
「 好奇心旺盛な日々」

2.  ”努力” することに目覚める?! 
「テスト命の中学時代」

3.ダンスとの出会い
「努力し続けた高校・大学時代」

4.不思議なメソッドとの出会い
「"衝撃的”な心地よさ」

5.辛い雇われ時代
「ストレスは◯◯で発散」

6.フリーランスへの道
「世界一周?の旅を経て」

7.京都への移住
「いざ、憧れの街へ!!」

8.”がんばらない”を楽しめるわたしへ
「好奇心旺盛なおとなの楽しみ」

9.おわりに






1.  自然と遊ぶこども時代

「好奇心旺盛な日々」


愛知県知多半島出身。
緑溢れる自然豊かな町で育ちました。


幼少期はもっぱら1人遊びが好きで、
絵本を読んだり、草むらで四つ葉を探しつづけたり、
時にはアリンコを抹殺したりして楽しんでいました。 


小学生の頃からは、
毎日近所のこどもたちと
川や草むらで冒険ごっこをしたり、
ローラースケートにホッピング、一輪車にドッジボール
白い不思議な石で道路に絵を描いたり...。

ファミコン、ゲームボーイを経て
スーファミのコントローラーを取り合い、
マリオカートに熱中することも!



日が暮れるまで、
飽きることなく日々を遊び尽くしていました...。








2. 努力することに目覚める?!

「テスト命の中学時代」


小学生の頃は、
がんばって勉強しなくてもある程度理解できたことが、
中学生になると段々そうはいかなくなりました。

この頃のわたしは、
漠然と『将来キャリアウーマンとしてかっこよく活躍したい』
という憧れがあり、
『今勉強しておかないと置いてかれてしまう!』
という焦りや不安がありました。

普段の授業は大体居眠りをするか、
話を上の空に聞いてるのですが、
テスト週間になると一変します。

高得点を取るための分刻みの勉強スケジュールを作成し、
夜中まで勉強をしました。

長時間同じ姿勢で勉強し続けたせいで、
右肩が未だに前傾している程です。
よっぽど力を入れて勉強していた様で、
まだ右肩の奥に時々痛みが走ることも。

『テストの点が良くないと人生が終わる...』
とまで思っていました。

お陰でテストの点数は良く、
成績も上位を保てていました。



そう、
この時からわたしの中に

”何事も努力すればなんとかなる”

といった”ガチンコスピリッツ”が刻まれていったのです。


根底には、

"自分のままではダメなんだ"

といった劣等感もあったのかもしれません。


一度手に入れた成功体験はなかなか手放せなくなります。







3. ダンスとの出会い

「努力し続けた高校・大学時代」


中学では文化系でしたが、
高校では一変。
入学時に観た ”ストリートダンス”のかっこよさに魅了され、
ダンス部に入りました。


かっこよさとは裏腹に、
やってみると憧れの姿までは道のりが程遠いことに気付きました。
何度かめげそうになりながらも、
ここでも持ち前の "ガチンコスピリッツ” を発揮します。

ひたすら反復練習をし、下手くそなわたしでも
なんとか踊れる様になっていったのです。

初めて踊った学園祭での爽快感は今でも忘れられません。


舞台の上では、
いつものわたしではなく、
もっとありのままの自由なわたしで居られる...☆


真面目な少女が
誰にも迷惑を掛けず、
自分を表現できる場所を見つけたのです。



周りの「上手になったね、かっこいい!」
との褒め言葉も合間って、
どんどんとその魅力にハマり、
大学進学後も、勉強はそっちのけでダンスばかりしていました。

一見マイペースでおっとりした印象を持たれるのですが、
ハマるとそれに向かって一直線という
猪突猛進な性格も持ちます。
(干支も猪です 笑)


『もっともっと上手くなりたい!!』
と無理な練習を積み重ねていきました。


そしてある日、
遂に大切なショーの前日にケガをしてしまいます...。




ダンスに明け暮れる日々。
ストリートダンサーならでは?!笑
本当に外で夜中まで練習してました。寒い日も、暑い日も...。
懐かしの〇〇区役所、大学のピロティー。

地黒の私と色白の彼女、「オセロ」ではなく(笑)
「 mono96 (モノクロ) 」として、活動していました!!




4.不思議なメソッドとの出会い
「"衝撃的"な心地よさ」




この時、
 フェルデンクライス・メソッドという
非常に長く覚えにくい謎のメソッドの資格を持っていた父に泣く泣く助けを求めました。

(父とこのメソッドとの関係について詳しくは、過去ブログをご参照→)


実は以前から、
「カラダが楽になる!」
とか、
「イメージするだけで、良くなるんだよ!!」

とか、
不思議な発言を耳にはしていたのですが、
なんとなく怪しいし、父から受けるのはなんだか気がひけるし、
全く興味を持っていませんでした。

しかし、この時ばかりは神にもすがる思いで訴えました。

"なんとかして!!"

思春期もあっていつも素っ気ないわたしなのに
何かあると絶対断らず必ず助けてくれる
神的に優しい父。

それはさておき、

早速、父からフェルデンクライスの「FI」という個人レッスンを受けました。

受けはじめは、
とても心地よく、正直寝てしまいそうでした。


それが不思議なことに、
どんどん自分の身体が緩みはじめ、より楽な状態に変化して行くのを感じました。

レッスン後には、
気になっていた部分の痛みが消え、

節々にまるでオイルを塗ったかの様に、
全身が滑らかに

なっていたのです!!


そしてなんと、
翌日には無事痛みなく、ショーを踊れてしまったのです。









5. 辛い雇われ時代...。 「ストレスは◯◯で発散」


大学卒業後は、
流されるままに就職しました。

努力家の面も活かし、
何となく営業職を選んだのですが、
そんなに好きでもない商品を飛び込みで売る日々に、
精神的にも段々疲れていきました。

傍らで、ダンスも続け、
努力の甲斐あって講師としても活動していましたが、
好きなことだけを仕事にする勇気はなく、
結局新卒で入った会社も退社し、
そこから転々と職を変えていきます。


この雇われ時代は
我慢ストレスの日々でした。

特に、
機械的なルーティーンワークをこなす
時間が本当に苦手で、
『もっとアイデア豊富に自分を発揮できることをしたいなぁ...』
と心で嘆いていました。


仕事を円滑に進めるために仲良くしていないといけない
人間関係もストレスの一つでした。

やはり人間なので、
合う合わないはあります...。

会社という見えない存在の前では、
どんな苦痛も耐えられてしまうので不思議です。


溜まったストレスは、
美味しいものを食べたり、派手に着飾ることで発散。

お酒も時には朝まで、CLUB野外イベントにも繰り出し
憂さ晴らしの日々。

(今もお酒は好きだけど、浴びる様に飲んでいたな〜苦笑)

大体「ヒャッホーーー!!」って感じで遊んでたので、
『ばかりさん』と呼ばれていたくらい(笑)


そんなわたしも、みんなの前では元気でも、
一人になると落ち込んでいる時間も多くありました。

本当はありのままでもっと自分を活かせる仕事をしたいのに、
そこまでする勇気はない。

いつかより自由に仕事をしている自分を夢に見ながら、
いつもと変わらず日々のルーティーンワークをこなすのでした。



(今思い返すと、会社もこんな上の空で仕事をしている人迷惑だった思います。
この場を借りて、本当にごめんなさい...。)




野外イベントなどを楽しむ日々。
ダンスもしてたので衣装の様な服装で遊び歩く(笑)
完全に感覚が麻痺していました(笑)

右下写真:左にいるのは、もしかして?!




6.フリーランスへの道

「世界一周?の旅を経て」




そんな時、
わたしをダンスのケガから救ってくれた不思議なメソッド、
”フェルデンクライス”の資格が取れるコースが始まる!
という噂を耳にします。

そこにはこんな謳い文句が。

”効率よく楽に 自分のパフォーマンスを高められる”

”可能性は無限大”


その言葉と
あの時の何とも言えない”心地よさ”が忘れられず、
参加を決意!

資格取得までに4年もかかるし、安くはない値段でしたが、もう決めていました。


この時の決断は、本当に自画自賛ですが

"大当たり"

だったと思います。


なぜならこの4年間は
これまで頑張って努力が命と思っていたわたしを
根底から覆してくれる体験となったからです。


世界一周して帰ってきた
くらいの変化がありました。
(したことないですが 笑 タイトルに騙された方すいません!)



コースの中で先生から受けた個人レッスンで
またまた衝撃を感じます。

まるで雲の上を歩いてるかの様に
身体がふわふわ”

と軽くなったのです。
(※感覚は人により異なります)

父から受けた時とはまた違った感覚でした。

身体が楽になると、心にも余裕が生まれました。

今思えば周りの目ばかり気にして
カチカチに固まったわたしの身体は
とてもレッスンのしがいがあったと思います 笑


「この不思議な技をわたしもできる様になりたい!!」

これを仕事にしよう!そう決意していました。







7.京都への移住

「いざ、憧れの街へ!!」


主人とよく話していました。

「地元は地元でいいけど、もっと他の新しい土地に住んでみたいよね」

「自然もあって、色んなおしゃれな店や面白いことをしてる人がたくさんいる様な刺激的な街に...」


わたしの影響で主人もフェルデンクライスの資格を取り始めていたところでした。
(これはまた別の機会にゆっくり紹介しなくてはいけませんが、
彼もフェルデンクライスで人生を変えた一人です。)


ある時、たまたまfacebookに主人が気になっていた会社の求人が出されました。

しかも場所は

”京都”

何度か旅行で訪れ、鴨川や御所など自然や歴史ある風景もありながら、クリエーターも多くおしゃれな店が立ち並ぶその都は、
わたし達の憧れの場所でした。


「行こう!!」


一つ返事で移住が決まりました。

決めてしまえば、簡単には辞められないと思っていた仕事も
何とかなるものです。
ささっと後任を決めささっと退社。


そして主人が下見に行ったと思ったら、
勝手に一人で部屋を決めてきてしまいました。
(行動めちゃくちゃ早いです 笑)


そうここが、
「京都フェルデンクライス ろじのあかり」
となるのです。


主人が一人で勝手に(←ここ強調したい部分)
決めたくなるのも分かるほど、
素敵な部屋でした。

天井が高く開放的

木の作りで落ち着く

ここでレッスンしよう!みた瞬間から決めていました。



それまで狭いアパートで
テレビやソファー
最新機能を持ちながら全く使っていないオーブンレンジ、
どこに着てくの?といった衣装ばりの服や靴たち
舞台の上の様なメイク用品達...

不必要なものに囲まれて暮らしていましたが、
引越しを機に全て処分!!


本当にスッキリ!!
必要最低限の大切なものの中で

夢にまでみたフリーランスの活動がスタート
したのです。




住居兼スタジオの
「京都フェルデンクライス ろじのあかり」

路地裏にあることと、
訪れる人の「灯り」の様な存在でありたい
そんな想いを込めて。




8."がんばらない”を楽しめるわたしへ

「好奇心旺盛なおとなの楽しみ」


フリーで好きなことを仕事にする時間は
”最高”
のものでした。

自分が伝えたいことが伝られ、
ダイレクトに反応が返ってくる。

正に自分にしかできないことで、

人の役に立ち、
自分を発揮できる


時間にもにも余裕が生まれました。



大好きな自然の中でゆっくり過ごしたり、
おしゃれなカフェやお店の面白い人とお話ししたりしながらまた新しいアイデアをもらったり、


自分の好きな時間に好きなことができる。


雇われ時代に夢にまでみた暮らしが、
遂に現実となったのです。


晴れた日は鴨川沿いをサイクリング。
時には着物なんて着ちゃったり^^
気の向くままにお気に入りのお店を探索します♡



フェルデンクライス
という
身体の感覚に耳を澄ます不思議なレッスンを通して、

幼い頃、時間も気にせず好きなことにただただ熱中していた
あの頃が蘇った様でした...。


違うのは、
ここにいるのはもう、


がんばることが美学
のわたしではないこと。


あんなに頑なに手放せなかった
”努力”をしていなくても

もう不安じゃない自分がいたのです。


社会や周りの反応ではなく、
まずは自分の感覚を大切にする。

フェルデンクライス・メソッドは、
そんなこども時代の感覚と今のわたしを繋いでくれた。


『ありのままの わたしで もう大丈夫!!』



好奇心旺盛なおとなになった私は、


”がんばらない”を楽しみながら


今日も冒険へと繰り出すのでした...☆


次に新しい世界の扉を開けるのは”あなた”かも?!

自分を知り、『心地よい選択』を積み重ねていけば、
必ずより良い未来が待っている☆

失敗も"成長”への道しるべ。
プラスの力に変えていこう!!






8. おわりに



現在は、
主人と「合同会社タノシオトナワークス」を設立し、
フェルデンクライスメソッドを通して、
日常をより楽しみたい大人の方へのレッスンや、
発達に障がいを持つこども達への運動発達サポートをしています。

またフェルデンクライスとダンスを融合させた
「カンタン楽ダンス」教室もスタートさせました。

『ダンスしたことなかったけど、楽しかった!!』
『運動不足だったので汗もかけてちょうど良い♪』
『フェルデンクライスとの融合が面白い!』
と好評得ています。

今こうやって楽しく仕事ができているのも、
これまでの経験や大変な中でも続けてきたものがあったから、
そして今まで出会ってきた人達のお陰だと切に感じています。


「ろじのあかり」設立から今まで、レッスンに通い、
日々共に学びを深めてくれている生徒のみなさんには、
本当に感謝の気持ちでいっぱいです。

また一緒に失敗しながらも、たっくさん遊んで、
影で支えてくれていた友達・チームメイトにも感謝でいっぱい。

もちろん一番身近な両親
レッスンでたくさんお世話になった先生方にも。

そして一番近くで本場の”好奇心”を魅せてくれる
息子、プラスの精神でいつも楽しませてくれる主人にも。


今回、普段はなかなかお話できないことを、
このブログの力を借りて、ご紹介させていただきました。


”フェルデンクライス”って名前はまだ知らないけど、
このメソッドを必要としている方がまだまだたくさんいるはず!!

このストーリーが出会いのきっかけとなることを夢に。

そしてそんな方々の力になれることが、
私の喜びでもあります。

小学生の時に憧れてた「キャリアウーマン」にはなれていないけど、
ぼんやり浮かんでいた「わたしにしか出来ないことで、人の役に立ちたい!」
という想いには近付けたのかもしれません。

これからも「夢」を原動力に!!


まだまだ書き足したいエピソード・ご紹介したいことがたくさんありますが、
一旦これにて、
おわりにしたいと思います。


ここまでお読みいただき、
本当にありがとうございました!!


Thank you~!!
&
To be continued.....☆






京都フェルデンクライス ろじのあかり
中野 朱里


♡special   thanks♡
文章編集協力:  タノシオトナ
第3章mono96写真提供: itsuka

and you!!




続編
もう少し詳しくこども達へのレッスンへの想いをストーリーにしました^^
よろしければこちらもお読みいただけたら嬉しいです^^



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